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大阪高等裁判所 昭和33年(ラ)73号 決定 1958年7月15日

抗告人(申立人) 株式会社神戸製鋼所

相手方(相手方) 福井康吉

主文

原決定はこれを取り消す。

神戸地方裁判所昭和三〇年(ヨ)第一八二号仮処分申請事件について、同年八月八日同裁判所がなした仮処分決定に基く強制執行は、昭和三三年一月二五日以降の支払期分に限り、右仮処分決定に対する異議事件(同庁同年(モ)第一八三号事件)の判決あるまで、その執行を停止しなければならない。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりであるが、これに対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。

一、抗告人提出の疎甲第一ないし第五号証及び本件記録添付の神戸地方裁判所昭和三〇年(ヨ)第一八二号事件の仮処分命令申請書、同仮処分決定、右仮処分決定に対する同裁判所昭和三三年(モ)第一八三号仮処分異議事件の異議申立書等によると、相手方は抗告人の従業員として勤務していたところ、昭和三〇年一月三〇日解雇を言渡されたので、相手方はこれを不当として、神戸地方裁判所に解雇無効を本案とする地位保全の仮処分を申請し、同裁判所同年(ヨ)第七二号事件として同年四月二一日、抗告人が相手方に対する昭和三〇年一月三〇日発効したものとする解雇の意思表示の効力はこれを停止する旨の仮処分判決がなされたこと。その後昭和三〇年五月六日相手方は同庁に対し右判決謄本等を疎明として同年二月分以降の賃金の支払を求める仮処分命令を申請し(昭和三〇年(ヨ)第一八二号)同年八月八日、抗告人は相手方に対し、金八万円及び同年八月二五日から解雇無効確認訴訟の本案判決確定にいたるまで毎月二五日に、金一万六千円づつを支払えとの仮処分決定を得たこと。抗告人は右決定により相手方に対し右金八万円と昭和三〇年八月二五日以降昭和三二年八月二五日まで、毎月金一万六千円づつ合計金四〇万円の支払をなしたこと。抗告人は前記神戸地方裁判所がなした昭和三〇年四月二一日の仮処分判決に対し控訴を提起し、大阪高等裁判所同年(ネ)第四八六号事件として係属していたところ、昭和三二年八月二九日、同裁判所は、抗告人が昭和三〇年一月三〇日相手方に対してなした解雇は有効であつて、同日限り両者の雇傭関係は終了したとの判断に基き、原判決を取消し、相手方の仮処分申請を却下するとの判決をなし確定したこと。抗告人は昭和三三年二月二四日、前記神戸地方裁判所が昭和三〇年八月八日なした賃金支払の仮処分命令に対し異議の申立をなしたこと。抗告人は昭和三二年九月二五日支払分より前記毎月金一万六千円づつの支払をなしていなかつたところ、相手方は昭和三三年二月二六日前記神戸地方裁判所昭和三〇年(ヨ)第一八二号執行力ある仮処分決定正本により、同裁判所執行吏に委任して、昭和三三年一月分及び二月分の債権の弁済充当のため抗告人所有物件に差押をなしたことが認められる。

二、しかして仮処分裁判に対して異議又は上訴の申立があつた場合右仮処分が、本来の使命である権利保全のためにする仮の緊急処置である範囲を逸脱し、権利の終局的実現を招来するものであつて、その執行が債務者に対して回復することのできない損害を生ずる虞のある場合においては、民事訴訟法第五一二条の規定を類推して債務者のためにその執行を停止し得べきものと解すべきところ、本件においては、解雇無効確認訴訟を本案として、先づ解雇の意思表示の効力停止の仮処分判決がなされ、ついで右本案判決確定にいたるまで毎月金一万六千円づつの賃金相当額の支払を命ずる仮処分決定がなされたものであるところ、右解雇意思表示の効力停止の仮処分判決が、控訴審において取消され、右仮処分申請却下の判決が確定した前記事情の下においては、右解雇の無効を前提とし、右解雇の意思表示の効力停止の仮処分に随伴してなされた賃金相当額の支払を命ずる本件仮処分決定は、それが民事訴訟法第七六〇条の仮処分であつても、法律上許された仮の緊急処置である範囲を逸脱していないものと断じ得ない場合と認めるを相当とし、右仮処分を執行するにおいては保全すべき請求の終局的実現を招来し、債務者に対して回復し難い損害を生ずる虞があることも右仮処分の内容及び抗告人提出の前記疎明等によつて明らかであるから、民事訴訟法第五一二条に則り、抗告人の本件強制執行停止命令申立はこれを認容すべきものとするを相当とする。したがつてこれと異る見解の下に右申立を却下した原決定は失当として取消を免れない。よつて民事訴訟法第四一四条第三八六条第五一二条に則り主文のとおり決定する。

(裁判官 藤城虎雄 亀井左取 坂口公男)

(別紙)

抗告の趣旨

原決定はこれを取消す。

神戸地方被判所昭和三〇年(ヨ)第一八二号事件について昭和三十年八月八日同裁判所が為した仮処分決定に基く強制執行は昭和三十三年一月二十五日以降の支払期分に限り同決定に対する異議事件(同庁同年(モ)第一八三号事件)の判決ある迄その停止を命ずる。

との御裁判を求める。

抗告の理由

一、本件当事者間には相手方福井康吉の雇用関係に関連して二つの仮処分命令が出された。先づ地位保全の仮処分判決が為され、次でこれを基礎として賃金支払の仮処分命令が為された。地位保全の仮処分判決は控訴審に於て取消され確定した。よつて抗告人は賃金支払の仮処分命令について事情変更による取消の申立を為したが棄却され(この判決に対しては控訴を為した)、異議の申立を為し、執行停止の申立をしたが却下された。

二、右却下決定は「右仮処分決定は異議訴訟の判決でも正当として認可されることが確実であるかどうかはともかく、少くとも理論上同法第七六〇条の仮処分命令として法律上許された限界を逸脱するものでないことは明らかである」と言はれる。抗告人は右決定が法律上許された限界を逸脱するものであると主張しているわけではない。雇用関係について従業員たる仮の地位を仮処分によつて保護することはしないという判決が確定した以上従業員たる仮の地位から派生する賃金請求権について仮処分による保護を為すことは矛盾であり、賃金の支払を命ずる仮処分決定は少くともその執行を停止することが然るべきことと考える。

三、地位保全の仮処分判決が上級審に於て破棄され、これが確定した場合、全く同一の雇用関係について出された賃金支払の仮処分命令について、下級審は右の確定した上級審の判決を尊重すべきである。偶々形式的には別件となつているが実質的には全く同一事件である。従業員たる仮の地位を認めないことが確定しているのに、一方に於て下級審が賃金を支払えという仮処分決定の執行力を存続させようとされることは、全く故らに異を立て、上級審の為した確定判決に承服しないということであつて、判決の確定という制度を紊り、裁判に対する世の信頼を得る所以とは考えられない。

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